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最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)339号 判決 1948年6月22日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

辯護人今井常一同今井忠男同兒玉正五郎の各上告趣意は添付の別紙記載のとおりである。

辯護人今井忠男の上告趣意第一點及び第二點について。

刑法第六條は「犯罪後ノ法律ニ因リ刑ノ變更アリタルトキハ其輕キモノヲ適用ス」と定めている。從って、同條が適用されるには、犯罪の制裁である刑が犯罪時と裁判時の中間において法律の改正によって變更され、その間に輕重の差を生じたことを前提としている。そして、犯罪の制裁である刑の變更は、刑罰法令の各本條で定めている刑が改正されるときに生ずるのが典型的な場合であるが、なお刑法の総則等に規定する刑の加重減輕に關する規定が改正された結果、刑罰法令の各本條に定める刑が影響を受ける場合にも生ずるであらう。いずれにしても、特定の犯罪を處罰する刑そのものに變更を生ずるのでなければならない。また、刑の輕重は刑法第一〇條によって刑の種類又は量の變更を標準として判斷されるのである。されば、刑法第六條は特定の犯罪を處罰する刑の種類又は量が法律の改正によって犯罪時と裁判時とにおいて差異を生じた場合でなければ適用されない規定である。しかるに、本件で問題となっている刑の執行猶豫の條件に關する規定の變更は、特定の犯罪を處罰する刑の種類又は量を變更するものではないから、刑法第六條の刑の變更に當らない。刑の執行猶豫はその性質からいえば、刑の執行を一時猶豫するというだけのものである。(刑法第二十七條の效果は同條所定の要件が新に具わることにより同條に從って新に発生するものである)つまり刑の執行のしかたであって刑そのものの内容ではない。それだから、法律も刑と刑の執行猶豫とを全然別に取り扱い各別の章に規定しており又刑の輕重の比較方法を定めた刑法第一〇條も執行猶豫には一言も觸れていないのである。そこで、刑の執行猶豫の條件に關する規定が改正された場合に新舊いずれの規定を適用すべきかは刑法第六條によって決まるのではなく、改正規定の立法趣旨によって判斷しなければならない問題となる。そして刑法の一部を改正する法律(昭和二十二年法律第一二四號)附則第四項の規定の反面解釋によると、刑法第二五條の改正規定は同法施行前の行爲についても適用される趣旨が窺われるので、事実審が判決で刑の言渡をする場合に刑の執行猶豫をも同時に言渡すときには新規定によるべきこと當然である。しかし、原審が本件について判決で刑を言渡した當時においては改正規定はまだ施行されていなかったのであるから新規定を適用する餘地はまったくなく、この點について原判決にはもとより違法はない。上告審では原審の判決後に刑の廢止又は大赦があったときには原判決を破毀して免訴の判決をすべきであり、刑の變更があったときには、原判決を破毀して新たに刑を言渡すべきであるが本件のように刑の執行猶豫の條件に關する規定が改正された場合には如何にすべきであらうか。原審の判決後に刑の廢止若は變更又は大赦があったときには事後の事情によって前審の判決が法令に違反する場合と同様な結果となるから原判決を破毀するのである。しかるに、刑の執行猶豫の條件に關する規定が改正された場合には、前審の判決は法令に違反する場合と同様な結果を生じないので前記の場合に準ずることはできない。そして、上告審は前記の場合を除いては原判決に違法がない限りこれを破毀して自判することはできず、從って自ら刑を言渡し得ないのであるから、後段の論旨に對して説明するごとく原判決に違法のない本件については、上告審たる當裁判所は刑の執行猶豫の條件に關する改正規定を適用する餘地のないことも亦當然である。されば論旨は理由がない。

辯護人今井常一、同兒玉正五郎の各上告趣意、辯護人今井忠男の上告趣意第三點について。

互に暴行し合う所謂喧嘩は、鬪爭者双方が攻撃及び防御を繰り返す一團の連續的鬪爭行爲であるから、鬪爭の或る瞬間においては鬪爭者の一方がもっぱら防御に終始し正當防衞を行うの觀を呈することがあっても、鬪爭の全般から見てその行爲が法律秩序に反するものである限り刑法第三六條の正當防衞の觀念を容れる餘地がないものと言わなければならない。本件について原判決の確定した事実によれば、被告人等三名は山本元次郎との衝突を豫期して各自仕込杖、日本刀等を携えて同人と面談した末、交渉が決裂して喧嘩となり、山本元次郎が被告人内田実に跳びかゝるや被告人山崎博は「やっちまえ」と叫び被告人内田実は所携の日本刀で山本の足に斬りつけ、組みついてきた同人と格鬪中被告人湯川光治は右山本の背後から所携の日本刀で同人に斬りつけ切創を負わせた結果右山本元次郎を死亡するに至らせたというのであるから、被告人等の行爲はその全般から見て法律秩序に反するものと言うべきであって、刑法第三六條を適用すべき餘地はない。されば、原判決には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法第四四六條により主文のとおり判決する。

以上は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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